月と雨音

好きと楽しいをたくさん詰めこんで

微睡む

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 街路樹のツツジが満開です。その上をひらひらと、クロアゲハが舞っていました。みなさん、荘子胡蝶の夢という話はご存知でしょうか?

 

 荘子が夢のなかで、胡蝶になり自由飛び回っている。けれど目が覚めると、荘子に戻っている。これは荘子が蝶になる夢を見ていたのか、蝶が荘子になっている夢をみているのか。

  

 原文を覚えているわけではありませんし、自己解釈も含まれていますので、ご存知の方からすると意味がずれているかもしれませんが、概ねこういったもののはずてす。

 私は、ゲームも好きでやるのですが、ペルソナというシリーズのゲームでも基本軸とはっている話です。このゲームも面白いので、機会があったらお話したいです。

 午睡、微睡む、白昼夢。他にもあるでしょうが、夢と現の間を表す言葉はや話がたくさんあります。たまにですが、私も目が覚めると、別人になっているときがあります。

 さっきまで読んでいて、チンプンカンプンだった本の内容が理解できる。体がいつもより軽くて、普段では出来ない動きが出来る。いつも思いつかないようなことが、次から次と浮かんてくる。

 単純に調子が良い、ともいえますが、私はこのとき、まるで別の誰かの体を借りているみたいだ、と感じます。オカルトやらスピリチュアルなことを言うつもりはありませんが、いつも以上に自分の体をの神経と連絡が上手くいって使いこなせているのです。

 アスリートやプロフェッショナルな方々が口にする、ゾーンに入るや、ハイという感覚なのかもしれません。なんでもお茶の子さいさいの気分のときは、自分が薄い水の膜に覆われているようで、痛覚や嗅覚などの五感が鈍くなります。その代わり自分のこと、内的刺激には敏感になるのかも。

  閃いたり、感性が敏感になっているわけではありませんが、夢から醒めたときの、あの、ふわふわとした少し遮断された現実に感覚が近いなと、蝶をみながら思いました。しばらく味わっていないので、次とタイミングが良ければ、そのときに絵を描いてみたいですね。もしかして、あの感覚ってユーフォリアなのか?