月と雨音

毎日のあれこれとイラスト

読書が苦手な方へ

 私の趣味は読書。ときに、活字に埋もれたくて。枕になりそうな、分厚い本を開きます。でもそれは、突発的な病気で、いつもではありません。本当に本が好きな人は、そんな症状でなく日常なのかなと思います。とはいえ、鞄に必ず文庫が入っています。

 

 趣味の定番、読書ですが。毎月、新刊を読んでいる人はあまりいなさそうです。今日は、本を読むのが苦手な方へ。読書の必要性を私の目線でお話します。

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 理由を説明していきます。

 少なくとも学校の9年ないし、12年の学校生活で読書の大切さと、有益さを説明されます。読書好きですけど、読書感想文は嫌い。だって好きな本が読めないから。

 おや、好きな本って何でしょう?

 

 言葉を覚えて、文字がまだ理解できない間は耳から文章に触れます。読み聞かせ、朗読です。きっとそこで、知らない世界、ものに触れることができると。経験的に覚えていくのでしょう。

 やがて小学校で文字を覚え、同時に意味のある文字、物語に出会います。写真やテレビでも同じことが出来ますが本にしかできないことがあります。

 

 私は料理をしますが、レシピは本のようや活字だけのものより。テレビの料理番組、もっとコンパクトなネット動画で。活字よりも分かりやすく、動作も確認できます。活字の利点は何でしょう?

 それは、「薄く濃く情報を伝えられる」ことにあります。

 

 本にしても、先ほど例に挙げたテレビもネットも、メディアと呼ばれるものになります。メディア、日本語では媒体や手段と約されます。手段は分かりやすいですよね。調べるために、それらを使うのです。

 媒体だと、少し想像しづらいですね。カタカナ語「メディア」を私が翻訳すると、「大きな紙」になります。

 

 今のメディアは、つまり広告塔。目に触れるものの、ほとんどに宣伝が合わさって存在しています。今読んでいるプログにも、広告が載っているし。テレビには必ずコマーシャル。そして放送している見たい番組にも、ひっそりと商品が混ざっています。

 ネットも、続けて視聴しようと思えば広告動画を挟むし。画面に集中したいのに、チラチラ動くバナー広告が出て来る。

 

 そう、「大きな紙」と訳した意味には「スペースがあるから、今求めていない別の情報も入っている」という意味も込めています。

 この情報は「濃くて薄い」のです。必要なものを、部分的に必要な分だけ取り出せる。簡単に濃い情報、エッセンスが取り出せます。でもタダだからなのか、便利だからなのか、欲しくないもの(広告)まで付いてきて。

 せっかく抽出したコーヒーが薄まったような感覚に私はなります。

 

 反対に本は。必要な部分を解説書などで、取り出してくれているものもありますが。要点だけをまとめているにも関わらず、欲しい部分を自分で見つけないといけません。

 活字に慣れていない、読書をしていない人が。必要だからと2000文字の中から、今、自分が欲しい情報を簡単に取り出せまるでしょうか。

 

 最初に述べた学校で、強制的にですが練習をします。国語の時間ですね。そこでは、文章に書かれた事実と。意図と呼ばれる、具体的には文章内に書かれていなくても。その中で本当に伝えたい事柄が書かれています。そう、活字探偵をしないといけないのです。

 もし一人でしか生きていない人に出会って、喉が乾いたと伝えても、お水を貰うことはできないでしょう。だって、喉が乾いたという事実しか伝えていませんから。

 意図というのは、飲み物がほしい、ここに来るまで時間がかかっていて疲れている、ここより乾燥した地域から来た。

 他にもあるでしょうが、言葉そのものの意味でない。あなたが探偵になって見つけなければならない、意味が隠れているのです。こここそが、「薄くて濃い」という意味です。

 人との会話は毎日、誰かと、自問自答で見につきます。でも活字は、雑誌でも本でも、読もうと思わなければできません。

 

 よく読書の習慣をつけたいからと、漫画でもいいから読む。1ページだけでも、1小節だけでも。なんて方法を見かけますが、それは合わない人もいる方法だと私は思います。

 意図をもし、物語と置き換えることが出来るなら。あなたが好きなものを見つけて、読書って楽しい。この感覚が一瞬でもなければ、どんどん本との距離は広がります。

 

 ただでさえ頑張らないと手に取らない本が。読んでみて、合わない。よし次、とうまく切り替えられるならいいですか。そうとも限りません。読書が趣味の私ですら、合わない、興味のない本は。最後まで読むことが出来なくはないですが、斜め読みになってしまいます。

 

 さて、本日の本題。読書が苦手な人は、どうすべきなのか。ここは見方を変えましょう。

 

 文章を音読してみる。頑張って一段落目を通し、合いそうな音楽をつける。好きな有名人が絶賛していたから読む。移動中の電車で、スマホではなく本を開いてみる。カフェで読書というシチュエーションを楽しむ。

 そう、読む本を選ぶのではなく。読み方を選んでほしいのです。

 

 もし、それでも、いろんな本に手を出しても。本との距離が縮まらなかったら、私も一緒に考えます。

 どうか1人でも、本が好きに。せめて苦手ってほどでもない、になりますように。