「ことば」食べていますか?
あなたには、好きな「ことば」がありますか?
私は「さらさら」「ふわふわ」「カチコチ」のような、擬態語と呼ばれる。ものや仕草の状態を表す言葉が好きです。そして、それと同じくらい特定の条件を狭く、はっきりと表せる言葉、「暫定的」「…に於いて」「単一指向性」なども好きな言葉です。逆のように見えますが、はっきりさせるという作用は同じです。ことば、ですから。
では、もう1つ質問です。最近食べた一番新鮮な「ことば」はなんですか?
始終、起きてからずっとしている訳ではありませんが。私のしている、美味しい遊びをご紹介します。長いので、お時間あるときに、お付き合いください。
みなさん、野球のボール投げられますか?飛距離とかではなく、手にボールを持ち。指定された場所めがけて投げられますよね。それは、なぜでしょうか。
まず、腕にはなげるという動作ができ。さらに目標と自分の距離を計算して、どのくらい力を込めるのか考えます。その力をボールに伝えるには、しっかりと握り、頃よい瞬間に握りしめていた手の力を緩める必要があります。
得手不得手がありますから、投げたい場所に飛んでいかなかったり。うまく力がかけられず、届かないこともあります。運動が苦手な私ですけど、練習すれば少しだとしても、目標に届けられる精度が上がります。
そう、感覚が良くて最初からできる人もいるかもしれませんが。練習すれば、誰でも出来るようになり得ます。そこにたどり着くまでの個人差はあるけれど。ものにした、ってやつになります。
以前、カタカナ語の話をした時。「その言葉の意味を、自分なりに持っているか」という話をしました。ではその 「自分なり」について書いてみます。
言葉にはオリジナルが存在するんです。ここでいうオリジナルには、いくつかの意味があります。
- 言語学の意味で、言葉そのものの成り立ちというオリジナル。
- 初めて、その言葉に触れた(聞いた)、最初という意味のオリジナル。
- 自分の中で、言葉の意味を理解し。理解に基づく正しい使い方ができる。意味という観点のオリジナル。
今回、話題の中心としているのは一番最後、3のオリジナルです。
上にも書いてあるように。言葉はコレクションなんです。自分で集めたり、人からプレゼントされたり。そして、飾るのか倉庫にしまうのか。もし飾るなら、どうディスプレイするのか。
そして、もしディスプレイしたコレクションを自慢するなら。どういう展示方法が一番、そのコレクションが綺麗に見えるのか。そもそも綺麗に見えたいのか。
いや、これは退廃的な魅力があるから、綺麗に見せるより。錆を生かして、照明も控えめに。こっちは素材が薄くて脆いから、単体では展示出来ないから。別のものと組み合わせて置こう。
新しく出会った、知った「ことば」には、まだオリジナルがありません。そう、質量のない状態です。
「ことば」には見えない質量があります。
とても良いことがあったとき、【ありがとう】。その一言で通じます。それは、あなたが何度も何度も、【ありがとう】を幸せな、嬉しいタイミングで使い、質量を増やしたからです。
私は「ことば」の、その質量をどう付けるのか考えるために。新鮮な新しいことばを、じっくりと観察しながら食べます。はじめて食べる食材が使われた料理に近いです。
そして「質量のある ことば」は、さらに味わう楽しみがあります。ワインやチーズが熟成するようなものでもあるし。お気に入りの食材を、どう料理するかでもあります。
ときおり熟成具合を味見して、保管方法を変える。「ことば」にもアップデートが必要です。
調理方法を一辺倒にしないことで、食材である「ことば」を何度も料理すること。たくさん使って質量を増やしていくことで。あなたにしか作れない、あなただけの「ことば」になります。
私の使う【ありがとう】と、あなたの使う【ありがとう】は同じくらい、相手を喜ばせることが出来ますが。届いた「ことば」はそれぞれオリジナルなんです。
毎日毎日、こんなことを考えている訳ではないけれど。たまに秘蔵の隠し酒を飲むような、私の楽しみを知って欲しくて。長々となりましたが書いてみました。ことばに関しては、大食漢です。