月と雨音

毎日のあれこれとイラスト

私の内側の、隅っこのはなし

 ここのところ、働こうと求人に応募しているのですが。連戦連勝なので、本当はどう思っているのか考えてみました。今まで以上に個人的なことになるので、興味のない方は、また明日の記事を。

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 朝でまだ頭の動いてないお兄さん。

  私は常識的なので意味で、朝仕事に行くということは理解しています。自由になる金銭的余裕もありますし、個人では会えない人やものに触れることはできます。

 通学に使っていた電車で見る大人は、誰も彼も、これから葬式にいくのか火葬場で焼かれるのか。そんなゾンビというか、死体みたいな人しか見たことがなくて。ビジネス誌のインタビューにある、「働くのが楽しい」という人を見たことがありませんでした。

 今は手で数えるくらいですが、そういう人もいるんだなと認識しています。なんでそう思うのか、よく分かっていません。

 

 私は気持ちに引っ張られやすいタイプです。なので仕事中は、常に気持ちをフラットにしていようと働いていました。そりゃ人間ですから、お客様や先輩に褒められたら嬉しいし、上司に怒られたらしょんぼりします。だからって、人によって態度を変えたくないんです。自分がされて嫌だからです。好き嫌いや贔屓は、ないとは言いませんが。少ないに越したことは、職場ではないですよね。

 友達には隣にいて不愉快でない人でいたいので、そうしていますが。職場でそれをすると、色んなものが削れていきます。体力も精神的なものも、思考力も。フラットでいると、愛想がないのか怖いとか、困っていても助け舟がきません。

 人徳という言葉もあるくらいですから、人には人としての魅力がないと、関係が構築しづらいのかなとも悩みました。もう面倒くさいので最後に働いていた職場では、世間話にも参加せず聞くだけにしていました。世間の人が話題にすることに、私自身全く興味がないので。

 

 褒められたら嬉しいけど、だからといって頑張れるわけでもありません。成果というか、成績ってとても分かりやすいです。ハイスコアでも、嬉しいと感じないのです。自分が出来るようになって嬉しい、という感覚はありますが。それを人に評価されたり、感想を持たれても心があまり動きません。もちろん、友達が褒めてくれたら飛び跳ねるくらい嬉しいです。

 自分がどうとも思わない人から、格別の評価をもらっても嬉しくないのです。誰でも褒められたら嬉しいし、という方。それは特別な能力なので、ぜひ大切にしてください。褒められ慣れてないようなので、ここは治したいですね。

 

 自己評価という言葉がありますが、私はそれが恐らく低いほうです。事実、誰にでもできることしか出来ません。特別なことといえば、何かにつけ自分ならどう思うか、と考えるくらいです。

 それは、人との感覚の違いを言葉や表現で埋めるためにしてきたから。それは理屈っぽく見えるし、面倒くさい奴にもなりかねません。長所と短所は表裏一体ですが、無難で平均的なほうが好まれる社会では、劣の割合が多い気がします。だからといって、個人主義の大国のような社会で生きていけるほど、個が確率しているわけでもありません。私は思っているほど個性的ではない、とも言えます。

 

 温度差を抱えたまま、集団に入れば。熱力学的にいえば、徐々に馴染んで、同じ温度になります。ところが、人間は簡単に同じ温度になれません。私はなれない。

 と、愚痴っぽくなりましたが。家でずっと絵を描くのも日時になり、去年分の関係で税金の通知がドスンときたので、うだうだ言えなくなってきました。働くの向いてない、とか思いもしましたが。それでも何年かは仕事出来ていたわけですし、環境によるのかな。

 みんな、どう仕事を楽しんでいるんでしょうか。考えてみたけど、答えが出ません。