月と雨音

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期待は裏切ろう

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 頑張る人が多いので、期待を裏切って良いぞという話。

 相手がこうしてくれたら、こうならと人間は不安に思うのが苦手なので未来に関しては、明るい展望を描きがちです。それは自分に対してだけでなく、他人にもです。自分への期待は分かりやすいですよね。目標通りに宿題が終わらないアレです。何度か失敗すると、自分はこういう奴だからということが解っていき。きっとこの計画なら終わるはず、いや待てよとなります。どうにかしなきゃという火事場の力で乗り切る人もいますが。あの火事場の力は、成功すると大量の幸福ホルモンが出るので。何度も追い詰められて、なんとかするという事態が起こりやすくなります。

 私もしないように気をつけていますがね、相手に対して。特に親しい間柄の他人に、無意識に期待をかけてしまうことがあります。具合が悪いのを家族なら察してほしい、困っているのが見えているなら友達に手伝ってほしい。皆さんも経験ありますよね。これの面倒な点は、自分から相手に対して「体調が悪いので」と申告していないにも関わらず、何もされないことに対して勝手にガッカリすることです。自分がされたら理不尽と思うでしょう。かいかぶっておいて、出来ないと「できると思ったのに」「やっぱり難しかったか」と、ご親切に言ってくる人までいます。やっぱりってなんだよ、知ってたなら言えってなりますよね。

 世の中理不尽なことに、結果と過程を伝えれば良いことに自分の主観。かいかぶり、勝手な期待を織り交ぜて話す人もいます。話の整合性がないので、主観の部分は影響しないわけではなく、心象が悪くなるケースもあります。そう、噂ですね。言わせたいやつに言わせておけば、とみんな鋼精神でシャットアウトできるわけではないので。こんな噂流れてるよ、ってこれまたご親切に話してくる人までいる始末。

 噂を気にするなとは簡単に言えませんが、そういう方は(また言ってる……)となるので、よほど事実無根ならば放っておいでいいです。それも自分で見極められない人は、あなたとは縁のない方ですし。噂話が好きな人同士、どうぞお好きになさってくださいませ。なわけです。日がな一日、ゴシップで時間を潰すような人とは、私は相容れないので住む世界が違うのです。

 私はなぜ考えるのが好きなのかと言えば、自分なりの納得する答えが欲しいからです。それは智識という面だけでなく、その話の真偽といいますか。何を自分の世界に存在するものとして、認知するのかという話です。

 認知というと大袈裟ですが、人混みの中で友達をみつけられるのは相手を認知して、自分の世界に置いているから。もっと近くにいる、名前も知らない他人は認知されていないので。今日の電車で隣にいた人はどんな服装でしたか?と聞かれて答えられませんよね。

 期待を裏切るのが難しいなら、期待に応えたい人を考えて。誰のためなら、ちょっと頑張っても良いかなって思えるのか。ぜひ考えてみて下さい。